おじぎするマレンゴ

教育についての雑記をほぼ週1ペースで書きます。気になっているテーマは「探究型の学習」「教師教育」

プロセスのふりかえり

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先週の記事に続き、「ふりかえり」について書いてみる。

月曜日に、同僚からふりかえりの新たな視点を与えてもらったので、そのことについて、自分が学び経験した記録としてメモしておきたい。

チームとして、何か1つのイベントを実施した後に、この視点をもってふりかえりができたら、さらにいいチームになっていくと思う。

例えば、いまの時期の中学校は修学旅行がよくあるイベントなので、それを例にしてみる。

修学旅行が終わった後、職員同士の反省会で、どんなふりかえりが行われるだろうか?(特にふりかえりをせずに、終わってしまうことも僕の経験ではあったけれど・・・。)

 

こんな感じだろうか?

「3日目は、公共交通機関を使っての班別行動でした。結構、バスに乗り遅れる人が多くいて、あまり十分に見学場所を回れなかったようですね。」

「じゃあ、来年は班別タクシー行動にしましょう。その方が多く、観光地を回れますね」

「はい、来年は、早めにタクシーの予約をしておきましょうね」

このような、「班別行動」という内容(コンテンツ)そのものについての過程をふりかえることがほとんどだと思う。(内容的過程の視点)

 

しかし、ふりかえりをすることで、チームを成長させていこうとする場合、それだけでは不足している。コンテンツのふりかえりとは別にもう1つの視点を持っておく必要がある。

 

それが、関係的過程の視点。どのようなプロセスを経て、そのような班別行動をすることに決まったのかということだ。上に描いた自作の氷山モデルでいえば、海の中にあるもので、見えない部分。そこが、重要。

このプロセスについてふりかえる場合には、「①私の中で」「②私と相手との中で」「③集団の中で」という3つを考える。

 

また、上記の修学旅行の例で考えてみる。

 ①私の中で起こっていたプロセス

本当は、私は、最初からタクシー行動がいいと思っていたけど、自分が一番年下だし、意見を言いにくいなと思って我慢してしまったなぁ。

②私と相手との中で起こっていたプロセス

修学旅行担当の先生に、私の提案を伝えたんだけど、当日の流れには1つも反映してもらえなかったな。所詮、私の意見なんて聞いてもらえないんだ。(実際には、修学旅行担当の先生は、ただ単にその提案があったこと自体を忘れていただけ。)

③集団の中で起こっていたプロセス

学年の中の、1人のベテラン教師の意見が全て通り、他の教師の意見は聞いてもらえない。だから、誰も意見を言えない雰囲気になっていた。

この①〜③について、お互いが腹をわって、対話をすることができたら、もっとチームとしてよくなっていくのではないだろうか? もちろん、ある程度話せるような人間関係が無いと難しいことかもしれない。ハードルが高いかもしれない。でも、やってみる価値はあると、僕は経験から思っているのです。

 

今週の僕は職場のチームでこの視点でどっぷりと対話を積み重ねる時間をとった。以下の文章は、①〜③を意識しながら、仲間たちとふりかえりをしたその日に、書いたふりかえりだ。

チームでコンテンツとプロセスをふるかえることで、全然違う気づきが産まれた。(中略)
相手に伝えていないから、伝わらないこと。相手に伝えていても、伝わらないこと。そういうことがありそう。伝えることも聴くことも難しい。
コミュニケーションって、なんて繊細なんだろう。でも、コミュニケーションは、どんどんしていきたい。僕はすごくコミュニケーションが苦手なことを克服していきたい。
僕も自分がやりたいことは飲み込んでしまった。(中略)クオリティを意識するよりも、仲間との働きやすさを優先してしまった。それは、自己中なことだった。気を使った方が、人間関係がスムーズになると思ったから。まだ、本心で語れるような人間関係を作れていないと思って、そういう遠慮がうまれてしまったのだと思う。いまは、大丈夫。お互いの思いを聞いてもらったという経験を、ぼくはしたから。まるごと相手に受け止めてもらえると、安心して話せる。自分が傷つくことを怖れて、いいたい言葉を飲み込んだら、余計に大きな失敗をしてしまう。そして、自分の言葉を未完成でも投げてみたら、フィードバックをもらえるという安心感ができてきた。そして、そのフィードバックをもらえることで、自分が毎日成長している気がする。僕は、そのフィードバックが嬉しい。(略)

ここに書いたような内容をお互いに正直に話すというふりかえりの時間だった。そして、次の日から、もっと質の高い話し合いをしていける自信がついたり、メンバーのことを、もっと好きになっていったりした。

 

プロセスをふりかえる、ってかなりしんどいことだし、なかなか時間もかかって、面倒くさい。

でも、そういう手間がチームをつよくしていくのだと、今は感じているのです。

僕の「ふりかえり」の現在地

4月1日から、毎日の職場でのことを振り返るという習慣が継続できている。

一生に一度しかできない経験を味わっている自分の感情や出来事を記録しておきたい。きっと、それがこれから先の僕の進む道に何らかの形で力になっていくはずだ。というのが、一番のモチベーション。

 

どんなに疲れていても、帰りの電車の中で、40分くらいの時間をとり、その時間内に書ききると決めている。仕事中にiPad のノートに気づいたことや考えたことや写真をメモをとっておいて、あとでそれを見ながら書いているかんじ。(ちなみに最近使っているのは、「GoodNotes5」というアプリ)

 

そして、ふりかえりに使っているのは、株式会社アソビジのサービス、echo、です。

www.asobusiness.com

ふりかえりを保存できたり、読んでもらいたい人に共有したりがしやすい。

僕も、客観的に伴走してくれる同僚がいることもモチベーションにもなっている。自分の思考を信頼できる仲間だけに公開し、思考の癖を客観的に見てもらったり、同じ事実でも僕が見えていない角度から見ることを手伝ってもらっている。

 

ふりかえりの継続は、何度も挫折している。ただ、昨年は退勤する30分前はふりかえりを書く時間などと決めて、30分書いたら学校を出る、という自分ルールをつくったら、何とか続いた。

今年の僕の場合は、たっぷりと書ける通勤時間がとれることは、ラッキーだ。満員電車に乗ってしまったら、スマホからでもechoに書いている。このように、ふりかえりの時間を決める、ということは、ポイントだと思う。めっちゃ、体調悪いときは、一行しか書かない時も、あるかもしれないけど、それはそれで大事な記録だから、それもよし。そして、土日のどっちかは、その一週間のふりかえりのふりかえりをする。ちょっと時間がたったあとに読むと見えてくるものも違って面白い。1年前のふりかえりとか読むと、すごく面白い。

 

いまここで起こっていることは、どんな1日であろうと、もう帰ってこない1日で、良くも悪くも、意味のない1日はない。ふりかえることが習慣になると、どんな1日でも学びの種が、足元に転がっていることに気づく。僕にとって、その1日を振り返ることは、その学びの種を、たった一つでもいいから拾っていくことになる。

 

僕か、普段意識しているふりかえりの問いは、コルトハーヘンの8つの窓。

教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ

教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ

 

僕は何をしていたのか?(DO)
僕はは何を考えていたのか?(THINK)
僕はどんな感情をもっていたのか?(FEEL)
僕は何をしたいのか?(WANT)

相手は何をしていたのか?(DO)
相手は何を考えていたのか?(THINK)
相手はどんな感情をもっていたのか?(FEEL)
相手は何をしたいのか?(WANT)

 

この8つの問いを、ふりかえりたい一場面を思い出しながら、自分に一つひとつ浴びせていくような作業をしている。 この辺りは、下記の記事に詳しい。

iwasen.hatenablog.com

 

特に大事だなぁって、思っているのは、「WANT」の段階だ。

相手の「WANT」は見えているようで見えない。そこを、どうやって見ていくかは、大人や子どもと関わるためにも重要。例えば、そこを僕が勝手に勘違いして、「きっとあの子は、こうしたかったから、こうしたんだろうなあ」って「推論のはしご」を登っていってしまうのは、危険。コミュニケーションがすれ違っていく。

 

「推論のはしご」は、僕は『学習する学校』ではじめて知ったのだけれども、この視点もふりかえりのときに使っている。

 

学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する

学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する

 

 

「推論のはしご」については、こんなブログがあった。

tbpgr.hatenablog.com

 

相手の「WANT」が見えないからといって、それを知ろうとして相手に聞いた時、聞き方を間違えるとうまくいかなかった。例えば、昔、教育実習生に、「さっきの授業はなにがしたい授業だったの?」と、WANTをストレートに聞いたことがあった。この言い方、教育実習生には、尋問のように聞こえたのだろう。その実習生は焦りはじめ、とりあえず、その場を乗り切るような本心ではないような言葉を述べたんだと思う。だから、そのあとの授業のふりかえりも、全然まとはずれなものになっていってしまった。

 

例えば、この聞き方も、「僕には、こうしたい(WANT)と思える授業だったんどけど、どうかな?」ってまずは、僕の思ったことをベースに聞いた方が、相手からは答えやすかったかもしれない。もし、何も考えていなかったとしても、僕が言ったことをもとに、いろいろ気づいてもらえるかもしれないし。これは、生徒に対しても接し方が同じだと思う。

 

さて、僕の興味は、このふりかえりを、どうやって職場でみんなの学びのサイクルに無理なく入れていけるのだろう?ということに移っている。ふりかえりは、続けていけば、その価値に気付くんだけれども、続くようになるまでが、しんどい(かなり)。 

「ふりかえり、いいっすよ!」と言っても、

「いやぁ、大事なのは分かっているんだけどねぇ・・・」ということも過去にはあったな。

ふりかえりを継続して、その中で自分で発見して気づいたことは、僕は日々の実践に活きている。もし、僕がふりかえりをした結果ではなく、人に言われて同じことを気づいたとしても、あまり価値を感じなかっただろう。自分の経験から学べるということが、ふりかえりの価値にはある。日々、読書をすることも、セミナーにいくことも学びがあるかもしれないけれども、自分の毎日をふりかえることにも、学びが多い。何より、自分の毎日から学べることは無料だから、お得感があるなぁ、と思う。まぁ、まずは無理ない範囲でやってみるもよし。

 

あとは、誰かとコミュニケーションをとっているときに、自分の上にもう一人の自分がいるような感覚も、少しずつでてきた気もする。自分をメタに見ながら、そのときそのときの行動を選択するときに、ちょっと思考のスピードをゆっくりにすることができるので、コミュニケーションでの大きな失敗が少しずつ減っている気がする(たぶん)でも、まだまだ修行が必要。

(特に疲れているときや、余裕がないときの家族への態度とか・・・汗)

 

そして、これから発売になる、この本からも学べそうだ。楽しみ。

J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ:教師を教育する人のために

J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ:教師を教育する人のために

 

 登山で後ろをふりかえると、「あぁ、いま自分はここまで登ってきたんだな」

という感じの嬉しさもあるなぁ。

生涯幼稚園児でいこうぜ!

最近の通勤のお供の本がこれだった。

特にプロジェクトのカリキュラムを考える上でも大事なことを学べたし、これからの仕事への姿勢についても大きな指針をもらえた本だった。

ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則

ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則

 

 ずっと中学校の教諭だったこともあり、幼稚園のことは、恥ずかしながらあまり知らない。本文に、

幼稚園は(生まれて200年未満の)比較的新しいアイデアであり、それ以前の学校教育へのアプローチと訣別した重要な出発点なのです。(p.27)

とあり、そういった歴史的なことも知らなかった。フレーベルが、1873年にドイツで始めて開園したまさしく「発明」だったのだと思う。僕の家族や親戚などの幼稚園児をみると、その創造力の豊かさには、本当に驚かされてばかりだ。でも、最近は幼稚園が小学校にむけての、予備校的な流れになっているところもあると聞いて、フレーベルは、どう思っているんだろう、と思う。

(幼稚園に通い始めた、僕の娘が、予備校的な日々を送っていないか心配で、様子を聞いてみた。すると「幼稚園のトイレが小さくて、おもしろかった。っわたし、はまっちゃった!」と笑っていた。幼稚園のトイレは、子供用に設計された便器であり、小さい。個室のドアの高さもすごく低い。入園式のときに、僕はこの個室の便器には、入れなかった・・・。上から丸見え。きっと、自宅のトイレは踏み台をつかわないと登れないので、あまりにも幼稚園は軽々と便器に座れるので、勢いあまって、片足が便器にはまってしまったんだろう。娘の語る視点が毎日面白い)

 

イカーの倫理によれば、積極的にデザインし、構築あるいは、創作しているときに最も価値のある学習体験を得ることができます。すなわち、「作ることで学んでいる」ときに、です。(p.74)

この点については、こんな本もあった。 

 

作ることで学ぶ ―Makerを育てる新しい教育のメソッド (Make:Japan Books)

作ることで学ぶ ―Makerを育てる新しい教育のメソッド (Make:Japan Books)

 

 

最近は作ることで学ぶことが多い。

どんなに頭で考えていても、本を読んでいても、自分の考えていることを伝えようとすると、「あわわわわわ」となることも多い。頭の中に置いてきぼりにするだけでなく、外に出していかないとそのアウトプットは、創造的になっていかない。外に出してみることで、自分の未熟さがみえる。同じものを見ることで、ようやく仲間と議論ができる。一人で作るのはしんどい。だからこそ、仲間に助けてもらうためにと、ひとまずのプロトタイプを、出してみることが大切なんだよな。


とにかく作れば創造力が伸びていくという単純なものでもなさそう。

創造的思考力を育む4つの原則を、この本では、「プロジェクト」「情熱」「仲間」「遊び」としている。(詳細は、本文で)

 

例えば、「遊び」の章では、こう述べている。

ケン・ロビンソン卿は、人気の高い創造性に関するTEDトークの中で、リスクを取ることとミスを犯すことの重要性を強調しています。「もし間違えることを覚悟できてないなら、オリジナルと呼べるものを生み出すことは決してできません。」(p.248)

幼稚園児は、失敗を恐れない。だからこそ、創造性を発揮する。もし、失敗を恐れてびくびくしている幼稚園児がいるとしたら、きっとそれは大人の関わり方であったり、大人が作った環境に原因がありそうだ。

 

そういった意味でも、プロジェクトに取り組む子どもたちの環境づくりは、丁寧に考え手いきたい。

 

この本を読んで浮かんだ問いは、

創造的思考力を育むプロジェクトのための要素として、カリキュラム面や環境面で、どういうことが条件として必要か。ということ。

ここは、引き続き整理していきたい。そのための材料に、この本はなりそう。

 

生涯幼稚園児でいこうぜ! 

同僚がかつて、「ずっと四歳児でいたい」といった気持ちが、今はすごくよくわかる。

 

最近は、同じようなテーマで、こんな記事も書きました。

「発明」への階段 | かぜのーと | 軽井沢風越学園(設立設置認可申請中)

 

『続・ゆっくり、いそげ』と学校づくり

www.kurumed-publishing.jp

 

恩師に「異業種から学べ!」と言われて、様々な企業の経営関係の本を読んできたけど、最近は、すっかり教育本ばかりになってしまっていて、久しぶりに教育本ではない本を読んで、すごくいい本に出会った。

それが、西国分寺にあるクルミドコーヒーの影山さんの本『続・ゆっくり、いそげ』。

 

一貫して、語られているのは、「△から▽へ」ということ。(詳しくは、手に入りづらいけど、ぜひ読んで欲しい)いま僕が携わっている学校づくりに、どう向き合うか、ということを問われる内容。

 

量の意味でも質の意味でも組織体の大きな部分が失われたとき、それでもそこに残ったいのちが生き続け、ときにはそれまで眠っていた別の能力を開花させたりしながら、失った分を補い、育ち直し、続けていく。そのためには、少し禅問答のような言い方にはなるが、個が個でありながら、同時に全体でもあるというようなあり方が必要になってくる。(p.42)

全体の部分を、それぞれが分担して作りあげていくほうが効率がいいことかもしれない。でも、効率よく作り上げていくより、個でありながら、全体である、という意識を持っていくことが、組織としてはしなやかになっていく。自分ごととして、とらえて前に進めるか、どうかは、「教室リフォーム」の実践をしたときに、その大切さを痛感している。

 

horsefield98.hatenablog.com

 

清水博『コペルニクスの鏡』の一文が紹介されていて、この部分にも、ぐっときた。僕のいまの自宅は、地元の素敵な工務店さんと一緒に丁寧につくりあげたもので、大工さんにも何度もお会いしていて。家の中にいても、そういう方々の顔を、ふとした瞬間に思いだして、暖かい気持ちになる。そんなことを思い出した文章だ。

目に見えないけど、縁がたくさん積もっている場所ほど、<いのち>がつながりやすいのさ(p.99) 

 

一人一人のスタッフの思い、子どもたちや地域の人たちの思いや、縁が積み重なっていったら、どんな学校になっていくんだろう。そして、自分ごとにして、たくさんの人の手が入って、縁が積もれば積もるほど、そこで育まれていく<いのち>は、きっと豊かになっていくはず。

 

いまやっている学校づくりは、レンガを積んで建物を作っていくというより、それぞれが植物になって、うねうねと植物園を作っているようなイメージがある。

種から芽を出す時には、とてもエネルギーがいるはず。あんなに硬いタネを、あんなに柔らかい新芽が突き抜けるって、すごい。自然の力は不思議だ・・・。

 

自分という植物が、どうやって育っていくか。始まったばかりの挑戦で、個人的にはワクワクもあるし、先が見えない不安もある。ただ、そんな不安を味わることを幸せに思いながら、楽しんでいこう。ゆっくりいそぐこと。こんなことを僕の芯として進めていきたいと感じた一週間だった。

 

屋久島の縄文杉に、また会いに行きたい。あの木たちは、ゆっくり大きくなったから、丈夫になったんだと地元のタクシーの運転手から聞いた。

『シンプルな方法で学校は変わる』と『「学校」をつくり直す』を並行して読むこと

すごく苦手な本の感想を書きます。

久しぶりに、この本を開いた。

効果10倍の(学び)の技法 シンプルな方法で学校が変わる! (PHP新書)

効果10倍の(学び)の技法 シンプルな方法で学校が変わる! (PHP新書)

 

発売された当初は、ちょうど教員生活1年目の頃で、二人の著者も全く初耳だったのを覚えています。

 その増補改訂版が発売されたということで、当時の僕はどういうことを考えて2007年に読んでいたかを思い出しながら、本棚から取り出してパラパラとめくっていました。

 

すると、いきなり12年前の自分の衝撃的なメモを発見!!

ここに書いてあることは、管理職になればできるなぁ

 と書かれていました・・・。それ以外の書き込み、特になし!思わず、タイムマシンがあれば、過去の僕にチョップをしたい気持ちになりました。

 

増補改訂版には、「パート2 なかなか変わらない学校をどう変える?」という部分が大幅に加筆されています。その「第9章 変わるのに必要な七つの方法」に、こんな項目がありました。(p.294〜)

1 教師は、子供のために学校を変えられる存在は自分たちしかいないという主役意識をもつー教師の変化

まず確実に言えることは、他の誰も学校をよくしてくれないという歴然とした事実です。(中略)要するに、自分たちしかいないという明快な事実です。自分たちこそが主役意識を持たない限りは、悪くなりこそすれ、よくなることは期待できないことを肝に命じることです。

まさしく、12年前の自分には、主役意識はなく、「管理職になればできる」と思っていました。この本には確かに「いや、シンプルな方法、って書いてあるけど、そんなにシンプルじゃないじゃん。結構難しいよ・・・」って、高い壁を感じてしまう実践も紹介されているとも思います。

 

でも、今の自分なら、「管理職になればできる」とは言わずに、「お、こんな方法もあるのか!やってみよう!」と思うものがたくさん紹介されていました。

 

この12年間で、僕にどんな変化が起こったのか?それは、ざっくり言うと「学んだことをチャレンジして、失敗しても、またチャレンジする」ということを仲間と一緒にできた経験があったからです。校外の仲間とも、校内の仲間とも。最初は、校内の仲間と連携して何かの実践に取り組んでお互いフィードバックするということは苦手でした。たぶん、教員なりたての僕は職場の仲間に対して信頼していなかったのだと思います。「自分は外に出て勉強会に出ている。職場の人はそうではないから、自分が学んできたことを紹介しても、きっと理解してもらえない。だから、一人で頑張るしかない」と。タイムマシンで、過去の自分にドロップキックをあたえたい。そういうふうに、生徒へも、職場の仲間へも信頼がない時代がありました。

 

ところが、教員3年目から生徒の頃を信頼するようになり、職場の仲間とも一緒にチャレンジをするようになると、じわじわとですが、確実に変化が起こっていきました。

だから、この『シンプルな方法で学校は変わる』は、一人で読むのではなくて、校内研修や学校内で数人のプロジェクトチームを立ち上げて、いくつかの方法を実践して学び合うときに、効果を発揮するのかなぁと思っています。僕だったら「管理職にならないとできない」じゃなくて、「この方法、何人かの先生を巻き込んでやってみたいなぁ」とか「ブッククラブを開いて、それぞれの気になるところを実践して持ち寄ってみよう」みたいなことを、職場でやるなぁと思います。

 

さて、並行してこの2日間で読んでいたのは、こちらの本。

「学校」をつくり直す (河出新書)

「学校」をつくり直す (河出新書)

 

 前掲した本が実践メインとしたら、こちらの本は理論メインかな、と思って読んでいました。著者の苫野さんは、『教育の力』で述べたことよりも、さらに突っ込んで、様々な実践も紹介されているので、必ずしも理論メインという訳でもないのです。

 

おそらく、『教育の力』に出版以降、「それは理想論だよね」のような類の、著者に対する様々な批判的な意見もあったことが本書からは伺えました。ただ、その批判に対して、ものすごい切れ味鋭く意見を述べている苫野さんの姿が思い浮かべることができる本書でした。何よりも、読んでいて勇気をもらえました。シンプルな方法で学校は変わるんだ、というか、変えていかなきゃいけないんだという様々な実践や理論の提案に、ワクワクしました。

 

そう思いながら読んでいたら、「第5章わたしたちに何ができるか?」に、このような言葉がありました。(p.239)

不安や恐怖の共有は、改革当初に必要だし重要なことです。危機意識のないところ、そもそも改革など起こるはずがありません。

でも、改革は、ある時期から、もっと「ワクワク」ベースに変えていく必要がある。わたしはそう思います。

「ワクワク」ベース。いい言葉だなぁと思います。僕は、これが欠けると一気にエネルギーが枯渇して体調が悪くなる・・・。

 

現在、教員を目指す学生が不足してきているというニュースを聞きますが、

教師という仕事は、「ワクワク」することができる素敵な仕事だと、僕は思います。

子どもたちや同僚と一緒にチャレンジをして、みんなで学んだことや、成長を喜び合える。子どもたちの持っている力にワクワクする。そんな学校だからこそ、危機感や不安や、恐怖で何とか改革していこうとするのではなく、「ワクワク」ベースで、変えていきたいなぁと思います。きっと、できるはず。下記の小金井三小の研究発表会をみたときに、「ワクワク」ベースを感じました。

iwasen.hatenablog.com

 

僕自身も、この3学期に徹底的にやってみたPBLでの子どもたちの姿や、「こうきたか!!」という思いがけない発想にはワクワクしっぱなしで、月曜に学校に行って、授業をするのが楽しみでしょうがなかったのです。ワクワクするからこそ、次にこうしてみようかな、ああしてみようかな、っていうアイデアもわいてきました。

そして、そういう姿を教師自身が子どもたちに見せることって大事なんだと思います。

僕が教員を目指したきっかけになった、小学校4年生の担任だったN先生のことは、今となっては、とにかく先生自身が一番楽しそうだった、ということしか覚えていません。でも、それが今でも僕にとっての大きな財産になっています。

 

今回、紹介した2冊の本。

こうして、並行して読むと、なんだかいいなぁと思いました。

主役意識、ワクワク、このキーワードが今後の僕にとって大切になるなぁと思っています。

ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(社会性と感情の学習)をどう授業にデザインするか?

最近考えていることを、自分のメモ用に書き散らかしているだけなので、読みにくいかもしれませんが、すみません・・・。

PBLの授業を2ヶ月やって、生徒たちを観察しながら思ったことがある。

 

それは、人に助けを求める力だったり、自分から積極的に取材にいったり、人に伝えるスキルだったりに、とてつもない格差があると感じたことだ。それぞれが持っている知識の量に差があっても、知識についてそれは何とかなるかなぁ、とは思えたのだけれども、そういった社会性についての差をどうにかしようとすると、途方に暮れてしまった。

 

格差を感じてしまったそういう力のことを、単純に「社会性」とくくってしまうと、何だか分かったようになってしまって、危険な気がするが、とりあえず「社会性」という言葉を使うことにする。

 

これ、それぞれの子どもたちが持っている知識の量の格差よりも、各家庭環境において、ものすごく残酷なほど差がつく力ではないのかな、と思う。たくさんの人と関われたり、体験を積み重ねたりできる家庭と、そうでない家庭は絶対にある。そして、これからの学習指導要領では、そういった力を「資質・能力」として重視していくことも考えると、余計に学校生活で苦しむ子が出てくるのではないか。だから、これからの公立学校は、本当に真剣にこういうことで苦しむ子たちのために、何ができるかを考えなければならないと思う。

 

たとえば、アメリカでは、SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)といって、社会性と感情の学習を積極的に進めているということを聞いた。インターネット上にも、こういう記事があった。

www.educedia.org

書かれていることは、初めて知ったようなことばかりではないのだけれども、じゃあこれをどうやって授業にデザインしていくのか?と言われると、いろいろ悩む。

 

また、人とのコミュニケーションの本を読んでいると、「社会性」の根本には、自分の「感情」をどうやってコントロールすることができるか。ということもポイントのように考えている。

 

たとえば、「プルチックの感情の輪」という理論がある。

swingroot.com

目には見えない感情を色相環のように分類したモデルで、このモデルを使いながら、子ども達が自分の感情を見つめていくという授業実践もあると聞いた。

 

この辺りを、どう学校教育の様々な場面に組み込んでいくか、ということが最近の関心。PBLは、その手段のひとつ。

 

PBLとSDGs⑦生徒の感想

中学校3年間の最後の授業は、プロジェクトのふりかえりを1時間使って、じっくり書いてもらう時間にしました。書いてもらった項目は、以下の6つ。今まで作成したメモや成果物、仲間からのフィードフォワードを見ながら、学んだことや見つめる。そうすることで、中学校を卒業した後にも学び続けるための何かを掴んで欲しいなぁという思いで項目を考えました。まぁ、⑥は、ただの自己満足ですけどね。

 

①プロジェクトを通してどんな力がついたと思いますか?ルーブリックを見ながら振り返ってみよう。 

②自分が身につける必要がある力は何だろうか?ルーブリックを見ながら振り返ってみよう。

③みんなが書いてくれた、フィードフォワードからの発見は何ですか。

④みんなの発表からの発見は何ですか。

⑤このプロジェクトを終えて、みんなに一番共有したいことや気持ちは何でしょうか?

⑥先生へのメッセージをどうぞ!

 

何点か子どもたちのふりかえりながら、今後のプロジェクト学習をどう考えていけばいいか、考えたことをただただ書いていきたいと思います。

プロジェクトにあたって、社会や理科、数学などたくさんの知識を使った。学校で学んだことは必ずどこかで活かせる時がくる?

このふりかえりを書いた生徒は、以前、「学校で勉強する意味がわからない」言っていた生徒でした。自分が気になったことは、勝手にどんどん探究していくのが得意な子で、学校で習っているような内容は、ほとんどがすでに自分で学習済み。とりあえず、大人しく授業だけは聞いておくかー、みたいなスタイルで授業を受けていた印象があります。そんな生徒が、社会科のプロジェクトで、この現実の問題をどう解決したらいいんだろう?と、紙にたくさん書いては消し書いては消し、いろんな人と相談しながら、考えていました。この生徒は、プログラミングが得意な子であり、数学の難問を作って自分で解いてみたり、考えるのが好き。今回のプロジェクトでは、知識をフル動員している感じが、すごく楽しそうだった。答えがそう簡単に出ないものを考える楽しさをプロジェクトを通じて、感じることができたのかなぁ。

達成感。こういう自由なプロジェクトって簡単そうだけど、難しいよね。やった人にしか分からない。プロジェクトには、たくさんの時間が必要。しかし、その時間の中でやるのがプロジェクト 

私のクラスで、合唱というプロジェクトも引っ張ってきたリーダーの感想です。リーダーなんて、やったことなかったんだけど、この生徒はそのプロジェクトでも、すごく悩み成長してくれた。「こんなに合唱祭実行委員って大変だったんですね。やったことのある人しかわからないですよ」と言っていたのを思い出した。ここでの学びも繋がっているように思えた。

社会の授業を通して、考えさせられることがすごくたくさんありました。自分が将来こんなことをしたい!という夢も社会の授業からもらいました。自分が思っていたよりも世界って難しいんだなと痛感しました。

この生徒は、前回の記事の4x+xのプレゼンをした生徒のふりかえりの一部。単なる正解を教わる授業ではなく、正解がないことが世の中にはたくさんあるということを知ったようです。自分には、まだまだ知らないことだらけなんだ、ということをプロジェクトに突きつけられ、その難しさに諦めてしまうのではなく、難しいからこそ、面白いんだ、っていう意識へと、この生徒の考え方は進化していきました。

先生の、他の人とは少し違った考え方やものの見方にはとてもしげきを受けました。 授業もプロジェクトや自分の考えをまとめたり、他人に言ったりすることがたくさんあって楽しかったです。

この生徒とは、日々の時事問題で、すごく議論をした。授業時間も、休み時間も。その時間は私にとってもすごく面白くて、刺激的だった。特に意識していた訳ではないんだけれども、私が面白がれば、面白がるほど、この生徒も面白がって、考え方や見方をアップデートして、議論をふっかけてきた。面白がるという教師の考え方は、かなり生徒に影響するんだなぁ。

差別や偏見は人、一人一人の気持ちでなくなっていくかもしれないということ。世界の問題は知られていなことだらけだからもっとみんな知ってもらえる機会が必要でそれが何か解決に繋がるかもしれないこと。国問題などは政治的なことではなく人の気持ちで良くなっていく、変化していくということ 

 自分でいろんな教科書を引っ張り出してきて、韓国や朝鮮についての気になったことを発見して、楽しくなっちゃって年表を作り始めて、また何か発見して楽しくなっちゃっての繰り返し。そして、自分が楽しくなっちゃったことを相手に伝えることができたという満足感を味わっていたな。

社会の暗記だけではなく、卒業してからの大切なこともプロジェクトなどを通してたくさん学ぶことができました。発表の仕方は全然違くても、それぞれの思っていることがちゃんと理解できるということや、興味のあることが人の役にたつということです。

前回の記事で音楽の絵本を作った子。自分が楽しいと思うことを、人に共有することの楽しさをすごく実感していたようです。自分の楽しいという気持ちを聞いてもらうことの嬉しさ。人の話を聴くことの楽しさ。いろんな人がいるということの楽しさも感じていました。

知るって楽しい

シンプルにこんな意見も。

こういう振り返りを読んでいると、プロジェクト型の学習では、本当にたくさんの感情が生徒たちの中で発信されたり、共有されたなあと思っています。以前の記事で、プロジェクト型の学習は、その生徒一人一人の人生が見えてくる楽しさがある、というようなことを書いたのだけれども、もう少し細かく見ると、生徒が持っている感情を知る機会が多かったことが、発見だった

 

今、ちょうどじっくり読んでいる本がある。

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版

NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版

 

 この本の中にも、「感情」ということが、とてもキーワードになっている。

さらに、『学習する学校』を書いたピーター・センゲも最近は「感情」などの人の内面についてのプロジェクトをどんどん進めているということを聞いた。(このあたりのことは、また別の記事で、考えたことについてはまとめていきたい。)

「Introduction to Compassionate Systems Framework in Schools」という催しが直近では、2019年6月24日から26日までMITで行われるようで、そういう世界の教育の動きも気になる。(リンクは下から)

www.solonline.org

社会は暗記の教科と呼ばれていますが、僕たちは先生のおかげで、これkらの人生に欠かせない力を身につけることができました。この経験を、形は違えど、必ず将来に活かしていきたいと思います。相手に考えを伝える時、自分も一緒に聞いている。 

 「相手に考えるを伝える時、自分も一緒に聞いている」深いなぁ。こんな言葉を中学生が言えるって、すごくびっくりした。プロジェクトを通して、自分の内面をみる機会が、この生徒には多かったのだろうか? 振り返りを単に書いてもらう時間だけでなく、一人一人面談をしていくという時間も確保するべきだった。

 

もちろん、ネガティブなふりかえりもある。

入試前にプロジェクトをするのが辛い。大変すぎるということだけを書いてきた生徒もいる。その気持ちもわかる。大変だったけれども、得たものが多かった。そういうことをもっと実感できるようなプロジェクト学習を探究していきたい。

 

いろんな可能性と課題が見つかった1月から2月末までの社会科の授業もこれで、おしまい。