おじぎするマレンゴ

教育についての雑記をほぼ週1ペースで書きます。気になっているテーマは「探究型の学習」「教師教育」

【明治維新への通信簿2】授業中に、生徒の何をみよう?

 

(1)インターネットでの調べ方

班の形になって学習を進めているときに、ふとインターネットの使い方について気になった生徒がいたので、

「教科書や資料集から、まずは見てみないのはどうして??」と声をかけてみたら、

「だって、Wikipediaの方が正確で詳しい内容が載っていますもん」

という答えが返ってきました。その子は、その後どうなっていったかというと、2時間目で、ひたすらにネットをウロウロしていて、全然課題が進んでいない様子でした。

「いま、何を調べてるの?」って聞くと

「今、何を調べているか分からなくなってきました・・・。とりあえず、「廃藩置県」というキーワードを検索して、いろんなホームページを見ているんですが・・・」。とりあえず、同じ班のメンバーに助けられてこの子はなんとか課題を最低限クリアはできたけれども・・・。

私のイメージは、「教科書で基本的なことを調べて」→「気になることがあれば、それをインターネットや図書室の本で調べる」というイメージ。その子どもは、どこか「インターネットにまとまった情報がないかな?」という考え方。検索の技術が、身についていないし、そのような練習をする時間を今まで確保しなかったということが、後悔。インターネットのような加工された情報にあたることよりも、一次資料にあたることの大切さを伝えたいけれども、そのことを練習をする時間も、同じく今まで多く確保はしていない。1から、社会科の一次資料を集めようとすると膨大な教材研究が必要になってくるなぁという印象もあるけれども、全て自分でやろうとしなければなんとかなるのかなぁとおも思っています。(生徒と一緒に一次資料を探したり、読み解く練習をしたり。もちろん、資料集にも、いい資料がたくさん載っているし)

生徒が、どのような調べ方をしているのか、ということは、実は今まで見ているようで、きちんと授業でみていなかったです。

 

(2)班での話し合い

ルーブリック評価を伝えて、話し合いをしている様子をみていると、全然話し合いに参加せずに、せっせと自分の課題に集中している人や、興味なさそうにぼーっとしている人が何人かいるクラスがいました。

「聞く」ということが、とても大切なことだし、それが授業中に評価されることだよ、ということを伝えたら、そのような生徒はいなくなりました。

というか、いなくなるように見えただけだと、なんだか自分では違和感。

「評価されるから、聞かなきゃいけないぞ」と、教師が言うことと、「これテストに出るからよーく覚えるんだぞ」と、教師が言うことに違いは無いのでは??ということにどうも、自分は違和感を感じてしまいました。

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このプロジェクトをはじめて7日目で気づいたのは、

「聞く」という評価の必要性と、どういうことができていれば、「聞く」といえるのだろうかということを生徒と一緒に考えていけばよかったということです。例えば指導要領を生徒に渡して、ルーブリックを一緒に生徒と作っていく。そうすれば、「いまの自分の学び方っていい学び方なんだろうか?」と自分で自分を評価して、もっと自立した学習者へと育っていくのではないか、というふうに思います。

 

教師が主に担ってきた「発問」「評価」ということを、生徒に渡す。そうして、メタ認知能力をもっと伸ばしていって、自立した学習者を育てていく。もちろん、この2つだけではなくて、もっと任せていけることが中学生は多いように思います。

 

そろそろこの単元の学習も最終段階。一緒にこの単元に取り組んでくれている学年の社会科の先生とも、このあたりは考えてみたいところです。そして、さっそく次の地理の単元からやってみよう。

 

授業中の生徒の取り組みをみて、評価するだけでなく、

生徒がどのように自分たちを評価しているかということも、みていければいいのかなぁと感じます。

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