おじぎするマレンゴ

教育についての雑記をほぼ週1ペースで書きます。気になっているテーマは「探究型の学習」「教師教育」

僕の「ふりかえり」の現在地

4月1日から、毎日の職場でのことを振り返るという習慣が継続できている。

一生に一度しかできない経験を味わっている自分の感情や出来事を記録しておきたい。きっと、それがこれから先の僕の進む道に何らかの形で力になっていくはずだ。というのが、一番のモチベーション。

 

どんなに疲れていても、帰りの電車の中で、40分くらいの時間をとり、その時間内に書ききると決めている。仕事中にiPad のノートに気づいたことや考えたことや写真をメモをとっておいて、あとでそれを見ながら書いているかんじ。(ちなみに最近使っているのは、「GoodNotes5」というアプリ)

 

そして、ふりかえりに使っているのは、株式会社アソビジのサービス、echo、です。

www.asobusiness.com

ふりかえりを保存できたり、読んでもらいたい人に共有したりがしやすい。

僕も、客観的に伴走してくれる同僚がいることもモチベーションにもなっている。自分の思考を信頼できる仲間だけに公開し、思考の癖を客観的に見てもらったり、同じ事実でも僕が見えていない角度から見ることを手伝ってもらっている。

 

ふりかえりの継続は、何度も挫折している。ただ、昨年は退勤する30分前はふりかえりを書く時間などと決めて、30分書いたら学校を出る、という自分ルールをつくったら、何とか続いた。

今年の僕の場合は、たっぷりと書ける通勤時間がとれることは、ラッキーだ。満員電車に乗ってしまったら、スマホからでもechoに書いている。このように、ふりかえりの時間を決める、ということは、ポイントだと思う。めっちゃ、体調悪いときは、一行しか書かない時も、あるかもしれないけど、それはそれで大事な記録だから、それもよし。そして、土日のどっちかは、その一週間のふりかえりのふりかえりをする。ちょっと時間がたったあとに読むと見えてくるものも違って面白い。1年前のふりかえりとか読むと、すごく面白い。

 

いまここで起こっていることは、どんな1日であろうと、もう帰ってこない1日で、良くも悪くも、意味のない1日はない。ふりかえることが習慣になると、どんな1日でも学びの種が、足元に転がっていることに気づく。僕にとって、その1日を振り返ることは、その学びの種を、たった一つでもいいから拾っていくことになる。

 

僕か、普段意識しているふりかえりの問いは、コルトハーヘンの8つの窓。

教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ

教師教育学:理論と実践をつなぐリアリスティック・アプローチ

 

僕は何をしていたのか?(DO)
僕はは何を考えていたのか?(THINK)
僕はどんな感情をもっていたのか?(FEEL)
僕は何をしたいのか?(WANT)

相手は何をしていたのか?(DO)
相手は何を考えていたのか?(THINK)
相手はどんな感情をもっていたのか?(FEEL)
相手は何をしたいのか?(WANT)

 

この8つの問いを、ふりかえりたい一場面を思い出しながら、自分に一つひとつ浴びせていくような作業をしている。 この辺りは、下記の記事に詳しい。

iwasen.hatenablog.com

 

特に大事だなぁって、思っているのは、「WANT」の段階だ。

相手の「WANT」は見えているようで見えない。そこを、どうやって見ていくかは、大人や子どもと関わるためにも重要。例えば、そこを僕が勝手に勘違いして、「きっとあの子は、こうしたかったから、こうしたんだろうなあ」って「推論のはしご」を登っていってしまうのは、危険。コミュニケーションがすれ違っていく。

 

「推論のはしご」は、僕は『学習する学校』ではじめて知ったのだけれども、この視点もふりかえりのときに使っている。

 

学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する

学習する学校――子ども・教員・親・地域で未来の学びを創造する

 

 

「推論のはしご」については、こんなブログがあった。

tbpgr.hatenablog.com

 

相手の「WANT」が見えないからといって、それを知ろうとして相手に聞いた時、聞き方を間違えるとうまくいかなかった。例えば、昔、教育実習生に、「さっきの授業はなにがしたい授業だったの?」と、WANTをストレートに聞いたことがあった。この言い方、教育実習生には、尋問のように聞こえたのだろう。その実習生は焦りはじめ、とりあえず、その場を乗り切るような本心ではないような言葉を述べたんだと思う。だから、そのあとの授業のふりかえりも、全然まとはずれなものになっていってしまった。

 

例えば、この聞き方も、「僕には、こうしたい(WANT)と思える授業だったんどけど、どうかな?」ってまずは、僕の思ったことをベースに聞いた方が、相手からは答えやすかったかもしれない。もし、何も考えていなかったとしても、僕が言ったことをもとに、いろいろ気づいてもらえるかもしれないし。これは、生徒に対しても接し方が同じだと思う。

 

さて、僕の興味は、このふりかえりを、どうやって職場でみんなの学びのサイクルに無理なく入れていけるのだろう?ということに移っている。ふりかえりは、続けていけば、その価値に気付くんだけれども、続くようになるまでが、しんどい(かなり)。 

「ふりかえり、いいっすよ!」と言っても、

「いやぁ、大事なのは分かっているんだけどねぇ・・・」ということも過去にはあったな。

ふりかえりを継続して、その中で自分で発見して気づいたことは、僕は日々の実践に活きている。もし、僕がふりかえりをした結果ではなく、人に言われて同じことを気づいたとしても、あまり価値を感じなかっただろう。自分の経験から学べるということが、ふりかえりの価値にはある。日々、読書をすることも、セミナーにいくことも学びがあるかもしれないけれども、自分の毎日をふりかえることにも、学びが多い。何より、自分の毎日から学べることは無料だから、お得感があるなぁ、と思う。まぁ、まずは無理ない範囲でやってみるもよし。

 

あとは、誰かとコミュニケーションをとっているときに、自分の上にもう一人の自分がいるような感覚も、少しずつでてきた気もする。自分をメタに見ながら、そのときそのときの行動を選択するときに、ちょっと思考のスピードをゆっくりにすることができるので、コミュニケーションでの大きな失敗が少しずつ減っている気がする(たぶん)でも、まだまだ修行が必要。

(特に疲れているときや、余裕がないときの家族への態度とか・・・汗)

 

そして、これから発売になる、この本からも学べそうだ。楽しみ。

J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ:教師を教育する人のために

J.ロックランに学ぶ教師教育とセルフスタディ:教師を教育する人のために

 

 登山で後ろをふりかえると、「あぁ、いま自分はここまで登ってきたんだな」

という感じの嬉しさもあるなぁ。